月刊島民ナカノシマ大学

セミナーレポート

第2回 2009年11月講座

「手塚治虫に学ぶ“生きること・死ぬこと”」

講演中の様子

『月刊島民』の連載エッセイでもおなじみ、医師で作家の久坂部羊氏が登壇した第2回ナカノシマ大学。淀屋橋の「大阪倶楽部」で開かれた講義の テーマは、シマにも縁深い手塚治虫作品を手掛かりに考える医療、そして生命観。大阪大学の先輩であり、医師兼作家の先達でもある手塚への敬意に満ちた作 品・作家論に始まり、医師の抱えるジレンマ、さらに、長寿や健康を最上の価値観とする現代社会への警鐘まで、縦横に軽妙に、笑いも交えて展開された講義に 200人の聴衆が聞き入った。聞き手は月刊島民プレスの松本創。

ブラック・ジャックの命題「延命が医療の使命なのか」。

『鉄腕アトム』世代の久坂部さんはまず、幼少期に読んでいたお宝本を披露して会場を沸かせつつ、「愛と平和のヒューマニスト」という表層的な手塚像 に疑問を唱えた。ナチスの収容所を思わせるエピソードを挟みながら、ロボット(科学技術)と人間の埋めがたい溝を描いたアトムの「青騎士の巻」「アトラス の巻」などを紹介する。「手塚を安易にヒューマニストだと決め付けるのは間違っている。彼の中には悪や絶望も大きな部分としてあった。手塚が描いたのは、 単純な0+1の物語ではなく、マイナス99に100を足して結果的に1にする、そんな深みのあるヒュームニズムだ」と。

久坂部さんの医学生時代に連載され、周囲もみんな読んでいたという作品が『ブラック・ジャック(BJ)』。無免許医BJが多額の報酬と引き換えに、 天才的な手術の腕で難病患者を救う──というおなじみのストーリーの根底に、久坂部さんは「医療はほんとうに人間を幸福にできるのか」という手塚の問いを 読み取る。病を克服したからといって、必ずしも幸せになる患者ばかりではないという現実を、自らの外科医としての経験に照らして指摘。「医師の仕事は本 来、病気を治すところまで。でも手塚さんはその先の物語を描くことで、ただ延命させれば患者は幸せなのかということを問うたのだと思う」と話した。

こうした「医師のジレンマ」を象徴する究極の存在として登場するのが、安楽死を請け負う医師ドクター・キリコ。このBJの宿敵に強く惹かれるという 久坂部さんは、「どうしても病気を治すというブラック・ジャックの視点と、死には抗えないと達観するキリコの視点、さらに、あえて手を施さずに患者の治癒 力を信じる視点。その3つを併せ持つことが医師には必要だと思う」とした。

「天寿必ずしも長寿ならず」と悟るべし。

BJに描かれた場面に阪大医学部の風景がたびたび登場すること。母校へ講演に来た手塚と学生が繰り広げた爆笑ものの珍問答。生命への慈しみとニヒリ ズムが同居する手塚の作風の背景に大阪大空襲の経験が根を下ろしていること。島民的視点からも「へえー」と頷きっぱなしのエピソードを散りばめながら、話 は「よく生きるとは、よく死ぬとは」というテーマへ。

医療や健康情報が氾濫し、健康であること・長生きすることが自己目的化してしまった現代に久坂部さんは警鐘を鳴らす。「医療設備や知識がはるかに劣 るパプアニューギニアに医師として赴任して感心したのは、彼らはその状況を受け容れざるを得ないと達観していること。それに比べ、日本人は医療の充実に よって幸せになったでしょうか?」

長年在宅医療に携わる経験から『日本人の死に時──そんなに長生きしたいですか』という著書もある久坂部さんは、アンチ・エイジングをはじめとする 現代の“不老長寿”幻想をバッサリ。「天寿必ずしも長寿ならず。歳を取るのは悪いことという発想をやめて、与えられた天寿をいかに豊かに生きるかをこそ考 えるべきではないでしょうか」と会場に問いかけた。

講演終了後は、会場となった「大阪倶楽部」の内部が公開された。大正元年(1912)築の紳士倶楽部らしい気品と重みある意匠や調度類、部屋に漂う厳かな空気は、受講生たちに感嘆の溜息をつかせ、あちこちからシャッターを切る音が聞こえてくるのだった。

パネリスト
久坂部羊
久坂部 羊
1955年大阪府堺市生まれ。大阪大学医学部卒業。麻酔医、外科医、在外公館の医務官としても勤務した後、作家に転身。2003年、『廃用身』(幻冬舎文 庫)でデビューを果たす。現代医療に対する痛烈な批判や、生きること・死ぬことの意味について考える契機となる作風が話題に。2004年に発表された『破 裂』(幻冬舎文庫)は10万部を超えるヒットとなった。また、同じ大阪大学の先輩でもある手塚治虫のマンガ、特に『ブラック・ジャック』を敬愛。作品につ いての言及も多い。

今月の月刊島民

月刊島民表紙

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いきなりだけど「島民」は今回がラスト。これまでの歴史をふり返りつつ、これからも中之島を楽しむヒントをお教えします!

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