セミナーレポート
第1回 キックオフ記念セミナー
「21世紀は街場で学べ!」
ついに開校した「ナカノシマ大学」。
10月1日、大阪市中央公会堂で行われたキックオフセミナーのテーマは「21世紀は街場で学べ!」。
4人の論客が縦横無尽かつ和気あいあいと繰り広げた「学ぶということ」についての議論は、500人を超す受講生たちを魅了した。
身分やお金に関わらず、「学びたい者が自由に学ぶ場」を。
壇上には、いずれ劣らぬ知性と卓見の持ち主が4人。しかも揃って話巧者ときている。冒頭、コーディネート役の平松邦夫大阪市長が「何が起こるか分か らない」と告げた通りにテーマは広がり、深く掘り下げられ、幼少期の体験談や教育現場の実感から生まれた提言や指摘も飛び交って、知的刺激に満ちた90分 間となった。
少々強引に整理すれば、論題は大きく3つ。本講座のモデルである大坂の学問所「懐徳堂」の精神とはいかなるものだったか。街場の教育とは何か。そして「ナカノシマ大学」はどうあるべきか。
享保9年(1724)、現在の淀屋橋あたりに開かれた懐徳堂は、5人の裕福な町人が資金を出し合った、まさに街場の学問所。官立校とも藩校とも私塾とも異なり、身分やお金のあるなしに関わらず、学びたい者が自由に学ぶ場だった。
大阪大学総長の鷲田清一さんは、設立背景として「町人文化の街・大坂に根付いていた自治の精神」「元禄バブル後の混迷期に教育の重要性が見直された こと」を挙げ、「大坂には300年前からセルフラーニングの場、いわば市民大学があった」と話した。懐徳堂の歴史に詳しい浄土真宗本願寺派住職の釈徹宗さ ん(『月刊島民』連載でもおなじみ)は「問屋や仲買商の多かった大坂の町人は視野が広かった。漢学(朱子学)の学問所なのに経済学や天文学もあり、漢学を 批判する者さえいた。勉強せず放蕩する者もいたけれど、それを許容する、いい意味のユルさもあった」と、リベラルな気風を解説。そんな場所を生んだ当時の 大坂を「大袈裟に言えば、奇跡のような時代を築いた」と評した。
では、現代にその懐徳堂精神をよみがえらせるには…と持論を展開したのは神戸女学院大学教授の内田樹さん。「教育とは本来、受ける側が利益を得る“商品” ではなく、公共性の高い大人=公民を育て、共同体が生き延びていくためにある。資金も時間も教える側が自腹を切り、あらゆる機会をとらえて『いいから俺の 話を聞け』というふうに始めていくべきだと思う」と語った。
学びたい気持ち、教えたい気持ちがシマで出会った。
といっても、しかめつらしく真面目くさった講義だったわけではない。論者同士の“距離の近さ”は、リラックスしたやり取りとなって、何度も会場の笑いを誘った。
歴史や宗教・民俗の該博な知識から次々と興味深い話を繰り出す釈さんに、「若いのになんでそんなに詳しいの」と内田さんが呆れ半分に突っ込んだり、 型通りのプログラムや「成果」ばかり求めてくる教育行政を鷲田さんと内田さんがボヤき合ったり…。「既成のルールや経済合理性からこぼれ落ちた人がイノ ベーション(革新・刷新)を起こす。学校はそういう存在を許容するアジールであるべきだし、社会はそういう人たちを切り捨てるべきではない」とする内田さ んに対し、平松さんが「少年野球の指導には熱心なのに労働意欲がなく、生活保護を受けている人が議会で問題になった。そんな場合、どうすればいいのか悩ま しい」と、行政のかじ取り役の難しさを語る場面もあった。
90分間に飛び出した名言至言、警句は尽きない。「あらかじめ決まったプログラムのある“遊園地”ではなく“原っぱ”的な学びを」(鷲田)、「学校 でも家庭でもない第3、第4の価値観の扉を開け」(釈)、「教育の本義は“おせっかい”であり、誰もが持つ“教えたがり”の気持ちを広めていけばい い」(内田)。
シマの賢者たちの議論を引き取って、平松さんは「今日の話から(学ぶ意味という)ナゾを提供できたと思う。そのナゾを探求する旅に出ませんか」と締 めくくった。分かりやすい「答え」や決まった「型」などいらない。学びたい気持ち、教えたい気持ちがシマで出会い、そこから「何か」が生まれる。ナカノシ マ大学が目指すべきは、そんな場なのかもしれない。
登場!ナカノシマ大学応援団
完売!大学芋
この日の大学開校を祝うように、唐突に公会堂周辺に現れたのが、「ナカノシマ大学応援団」のバンカラな面々。「フレーフレー、ナカノシマ!」と熱い エールを送っていたが、何に対する応援かは不明。終了後のロビーでは「同志よ、芋を買い給え!」「運営費が足りないのであーる!」と高飛車なシュプレヒ コールを連呼。大学運営資金稼ぎに、急きょ販売された大学芋の営業を展開した。その気迫のおかげか、河内長野産の有機サツマイモを使った大学芋(400 円)は、用意した100食がたった5分で完売御礼となったのである。
1949年京都市生まれ。京都大学大学院文学研究科哲学専攻博士課程単位修得退学。2007年より、大阪大学総長。大学の精神的な源流となった懐徳堂で多 くの町人が学んだように、「大阪の人々が知的な基礎体力をたっぷりと蓄え、芸術的な感受性をいっそう磨く」ための社学連携事業「大阪大学21世紀懐徳堂」 を旗振り役となって推進。最新刊『噛みきれない想い』など著作は多数。月刊島民ナカノシマ大学では世話人も務める。 | |
1950年東京都生まれ。東京都立大学大学院博士課程中退。神戸女学院大学文学部教授。専門はフランス現代思想だが、政治・経済・文学など現代の事象への 独自の視点からの発言に多くのファンを持ち、“現代思想のセントバーナード犬”の異名も。また、近著『街場の教育論』(ミシマ社)や『先生はえらい』(ち くまプリマー新書)を初めとして、「学ぶこと」への提言も数多い。 | |
1961年大阪府生まれ。大阪府立大学大学院人間文化研究科比較文化専攻博士課程修了。兵庫大学教授。現役の浄土真宗本願寺派の“お坊さん”でありなが ら、仏教や世界の宗教について自在に語る講演・執筆活動、さらには認知症高齢者のためのグループホームも運営するなど活動は多彩。懐徳堂出身の思想家・富 永仲基の宗教論についての論考もあり、江戸時代の中之島は「普通の町人が世界レベルの思想を花咲かせた、世にも稀な恐ろしい場所」と語る。 | |
1948年兵庫県尼崎市出身。同志社大学法学部法律学科卒業。毎日放送アナウンサーを経て、2007年大阪市長に初当選。市 政においては、中之島エリアを「水辺の文化都心」として位置づけ、ライトアップやストリートパフォーマンスなど市民が参加できる形のイベントなども盛り込みながら魅力アップを図る。月刊島民ナカノシマ大学の名誉学長も務める。 |
- 島民 最終号(2021年3月号) 「月刊島民のつくり方」
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いきなりだけど「島民」は今回がラスト。これまでの歴史をふり返りつつ、これからも中之島を楽しむヒントをお教えします!